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4割が「話し合えていたら...」 終末期について身近な人と語る「人生会議」のコツと重要性

kurashino

自分の終末期について、あるいは親など大切な人の最期にあたって、「心残りがないようにしたい」とは、誰もが思うことでしょう。

医療や介護の助けが必要になったとき、親としてはどのようにしてほしいか、子どもとしてはどのようにすれば良いのか生前から気楽に話せればよいのですが、生きているうちに死について話すことは、「縁起でもない」と感じてためらってしまうものです。

この記事では、厚生労働省の調査結果をひもときながら、"人生の最期"をどのように迎えればよいのか、そのためにはどのような準備をしておく必要があるのか、じっくり考えてみたいと思います。

身近な人の死を経験した人の4割が「心残り」と回答

親が高齢になると、やはり「人生の最期」について考え、本人が望む形で死を迎えられるようにしてあげたいと思うことでしょう。しかし、なかなかそうはいかない現実があるようです。

厚生労働省の調査では、大切な人の死に対して4割以上の人が、心残りが「ある」と回答しています。(※1)そう答えた人に、「どうしていたら心残りが無かったのか」を尋ねた結果は、このようなものでした。

厚生労働省「平成29年度 人生の最終段階における医療に関する意識調査 報告書|p21 (7-2)どうしていたら心残りがなかったか(心残りが「ある」と回答の方が対象) (複数回答)

やはり、その人の「人生の最終段階について話し合えていたら」という回答が多くなっています。事前に何らかの形で人生の最期について、身近な人や大切な人と共有しておくことの大切さがうかがえます。

そこで、厚生労働省などが提唱しているのが「人生会議(ACP=Advance Care Planning)」です。(※2)
これは文字どおり「人生」、特に「終末期」について家族などと話し合うことを勧める取り組みです。

7割が希望を伝えられないまま最期を迎える

厚生労働省によると、命の危険が迫った状態になると約70%の人が、医療ケアなどについて自分で決めたり望みを人に伝えたりできなくなると言われています(※2)。
加齢だけでなく、命に関わる病気やケガといった万が一のときに備えるという意味でも、人生会議を重ねておくことは必要といえるでしょう。

なお、人生会議は、周囲の人のこころの負担を軽減するという意味でも大きな役割を果たします。しかし、話し合うことに「賛成」とする人が約65%(※3)いるのに対し、実際に話し合っているという人は4割程度にとどまっています。

厚生労働省「人生の最終段階における医療に関する意識調査 報告書 平成30年3月|P32. 図1-1-2 人生の最終段階における医療について家族等や医療介護関係者との話し合いについて」の情報を基に作図

話し合ったことがない理由としては、挙げられているのは次のようなものです。

厚生労働省「人生の最終段階における医療に関する意識調査 報告書 平成30年3月|P35. 図1-1-4 話し合ったことがない理由」の情報を基に作図

最大の理由は、「話し合うきっかけがなかったから」。たしかに高齢の親に対して、日常生活のなかで突然、死の話題を持ち出すことには抵抗があるでしょう。

ここで、ほかのデータも見てみましょう。
SOMPOケア株式会社が行った調査によると、人生の最終段階を迎えた時の過ごし方について、その希望を「誰にも伝えていない」人は、70歳以上では27.3%いることが分かっています。その理由として挙げられているのが、下記の内容です。

SOMPOケア株式会社「『ACP(アドバンス・ケア・プランニング-人生会議-』)に関する調査結果」P11. Q8.人生の最終段階を迎えた時の過ごし方等の希望を、誰にも伝えていない方は、その理由をお聞かせください。(複数回答)(n=260)」を基に作図

「現在、自身の健康状態に問題がなく、伝える必要はないと思うから」「考えがまとまっていないから」といった項目はさることながら、特段注目したいのは「そうなった時には、家族など身近な人に判断をゆだねたいから」「特に伝えなくても、自身の考えは家族に伝わっていると思うから」という回答が、70歳以上は全体と比べて多い傾向にあることです。

しかし、これらは子どもとしてはもっとも困る状況ではないでしょうか。親子のあいだですれ違いが生じていることも考えられるでしょう。
親は「わかってくれていると思う」と考えたまま終末期に入ってしまったものの、子どもは「わからない、話して欲しかった」となるのは避けたい事態です。

「人生会議」のきっかけ作りはどうする?

厚生労働省の調査に戻りましょう。
「家族や医療介護関係者と医療や療養について話し合うきっかけとなる出来事」について尋ねた設問では、「自分の病気」「家族などの病気や死」を挙げる人が多い傾向にあります。「メディアから情報を得た時」を挙げる人も、一定数いることが分かります。

厚生労働省「人生の最終段階における医療に関する意識調査 報告書 平成30年3月|P37. 図1-1-6 家族等や医療介護関係者等の方と医療・療養について話し合うきっかけとなる出来事」の情報を基に作図

これらはひとつの目安にはなりますが、どの節目が適切なのかは人それぞれです。たとえば高齢で大きな病気になった場合はその病気の進行度合いにもよるでしょう。死が近づき、本人に余裕のない状態でそのようなことを考えさせると余計に気力を失ってしまうこともあります。「早く死ねというのか」と感情を高ぶらせてしまうことにもなりかねません。

ただ、「家族等の病気や死」はひとつのきっかけにはなりそうです。
筆者は父から、自分が最期を迎えたときにしてほしいことを聞いています。それは母の死がきっかけでした。墓地の契約書の保管場所も聞いています。この経験から、配偶者の死は自分のことを考えるきっかけになるのでは、と思っています。

こうした「人生会議」開催の啓発活動は自治体でも広がりつつあります。
千葉県松戸市では、介護支援専門員が意思決定を支援し、万が一の時に救急搬送を望むのかどうか、その後どのような治療であれば病院で受けたいかといった希望を聞き取り、その情報を救急隊などと共有する『ふくろうプロジェクト』に取り組んでいます。

厚生労働省資料「松戸市における人生の最終段階を考える取り組みのご紹介」より転載

救急要請があったとき、救急隊は患者がこの「ふくろうシート」の登録者であるかどうか、その内容はどのようなものかを確認して搬送先に内容を伝え、本人の希望にあった処置につなげるというものです。

また、宮崎市ではエンディングノートとして、『わたしの想いをつなぐノート』を市民に配付しています(※4)。
市職員が窓口や出前講座などで説明を行ったのち手渡しで配付するほか、施設では市職員に代わり、医師や保健師がその役目を担っています。医療については専門的で難しい部分もありますから、本人が直接説明を聞き、自分でノートを受け取るというフローは自分の『最期』を考えるうえで効果的と言えるでしょう。

このノートの最大の特徴は、何度でも書き直せること。そのために何度も交付を受けられることです。人の思いや考えは年齢や周囲の環境、病気の進行具合によって変化しつづけます。考えが変わったらその都度書き換えていく、これは非常に重要な作業です。また、宮崎市は「書きたくない」という意思も尊重するように配慮しています。

早くて早すぎることはない

この記事では、人生の最終段階について話し合う「人生会議」に対する意識や意義について紹介してきました。

筆者は、こうした話し合いや意思を残す行動は、早くて早すぎるということはないと考えています。エンディングノートとなると、なんだかすべてを決めなければいけないような気がして身構えてしまうかもしれませんが、何度書き直しても良いのです。もちろん身近な人との話し合いも、一度きりでなければならない理由はありません。

常に「死」について考え続ける必要はありませんが、一方で人は産まれた瞬間から「死」に向かって生きているのは事実です。それがいつなのかは、本人の意思ではどうにもできないものです。
そのような現実のなか、それぞれの人生のフェーズで自分の考えをしっかり持つことはむしろ、日々安心して生活することにもつながります。

ある程度の年齢になったら、親子ともに「人生会議」やエンディングノートといった形で自分の考えを表現し合うのはいかがでしょうか。その際、親子といえども死生観は人それぞれですから、お互いの考えを尊重しあえるとよいですね。

人生の終わりを特別なことではなく、誰にでも訪れる普遍的なものとしてとらえ、フラットに話せる空気づくりから、まずは始めてみませんか。

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