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夫婦の価値観の違いは熟年離婚を生む!? 手遅れになる前にやるべきこと

kurashino

年齢を重ねるにしたがって、夫婦の価値観の違いが顕著に表れてきます。さらに夫の定年後の人生を見据えて、つい暗澹(あんたん)たる気持ちになる人もいます。とはいえ、長年連れ添った配偶者とあっさりと別れることにも、どこか抵抗があるのでないでしょうか。けっして嫌いになったわけではなく、夫婦喧嘩もほとんどしたことがないのに、価値観が違うというだけで、離婚に踏み切ってもいいものでしょうか。

この記事では、夫婦の価値観がまるで違うと感じた時に、どのような対策を講じればいいのか。また最悪の事態ともいえる離婚を回避するために、夫婦としてどう乗り越えればいいのかを明らかにしていきます。

なぜ価値観の違いが生じたのか

結婚当初は価値観の違いなどまるで感じなかったはずです。それどころか「運命の出会い」だとすら思っていたのではないでしょうか。それなのに、なぜ価値観の違いが生じてしまったのかをまず探っていきましょう。

そもそも価値観は異なっていた

価値観とは「自分にとって価値があると認める」ことであり、また「善と悪の判断基準」でもあります。価値観自体は、青少年期から既に何らかのものが形成されています。

しかし恋愛期から新婚期においては、「恋愛」「結婚」「マイホーム」「育児」という共通課題があったために、ささいな価値観の違いに気づかず、あるいは気づきながらも反対意見をあえて封印してきたのです。

潜在的な価値観を発見する

ところが子育てが一段落し、やがて子どもが巣立っていく過程において、妻は自分を見つめ直す時間が増えていきます。たとえばカルチャー教室で小説を学び、習作を仕上げると、思いのほか講師に褒められて、すっかり舞い上がってしまうということがあります。実生活では夫に褒められるという体験が無い場合は、とても心地よい気分になれます。あるいは友人に誘われて参加した登山があまりに楽しかったので、すっかり"山ガール"となり登山にはまってしまうことがあります。山頂を征服したときの達成感や共に感動を分かち合う共有意識は、家庭では体験できないおもしろさがあるでしょう。
このように家庭で味わうことのない高揚感を得られるようになると、ふと夫との会話が物足りなく感じてしまうことがあります。

価値観の違いではなく夫へのアンチテーゼかもしれない

そう考えていくと、単に夫が小説に関心がないから価値観が違うとか、山登りの経験がないから価値観が違うといった問題ではなく、夫へのアンチテーゼとして新たな趣味に打ち込んでいる可能性があります。

夫も50代になり、ある程度の役職を得ると、日常の関心は家庭よりももっぱら仕事のことが中心となり、なかなか妻のことを顧みることはありません。そうした中、夫と同年代の男性が、仕事よりも小説の執筆に時間を割いて、かつ感動を与えてくれると、自分の価値観は小説の創作にあると考えるようになります。

あるいは登山で今まで体験したことのない絶景に出会えると、感動の大きさの一方で、ふと家庭で夫の無関心さに寂しさを感じることがあります。

そうなると、それは純粋な意味での価値観の相違ではなく、どこかで自分を認めてほしいという気持ちが、夫へのアンチテーゼとして、生まれた感情である可能性も否定できません。

価値観の違いを考える際に、純粋な意味での価値観の相違なのか、あるいは別の感情によって価値観の違いを意識するようになったかを見極めることは、夫婦関係を維持していくうえでとても大切なのです。

価値観の違いだけで離婚に踏み切っていいのか

価値観の違いにもいろいろあります。しかし、基本的には、誰しも円満な社会生活の枠の中で価値観を形成していますから、絶対的に受け入れがたいほどの価値観の違いはないはずです。ましてや長年、夫婦として過ごしてきた時間を共有してきたのですから、大きなベクトルで見ると方向性は同じだと考えていいでしょう。

価値観の違いがあるからと大上段に構えるのではなく、お互いに理解して歩みよることだけでも離婚は回避できます。

あるいは本当に価値観の違いなのかを見つめ直す必要もあります。単に夫への反目だけで生まれた感情かもしれないからです。

いずれにしても、溝が深くならないうちに、なるべく早い段階から対処が必要です。いくつかその対策を考えていきましょう。

お互いの行動を干渉しない

夫婦だからといって、常に同一の行動をとる必要はありません。それこそ価値観の違いを逆手に利用してお互いの行動を尊重する姿勢が大事です。特に定年後の夫に言えることですが、妻の行動をいちいち干渉することは避けましょう。「どこに行くのか?」「いつ頃帰ってくるのだ」といったことは、まず口にしない方が無難です。確認することは最小限にとどめておくべきです。たとえば「夕飯はどうすればいいのか」程度でいいのです。妻の楽しい気分を台無しにする発言は避けた方がいいでしょう。

なぜこの人と結婚したのかを思い出す

価値観の違いはたしかにあるけれど、共通した価値観もたくさんあるはずなのです。なぜこの人と結婚したのかを思い出すと、同時に共通した価値観も思い起こすことができます。三島由紀夫は、「老夫婦の間の友情のようなものは、友情の最も美しい芸術品である」との言葉を残しています。夫だ妻だという立場を主張するのではなく、お互いひとりの人間として尊重しあうことも時には大事です。

初心に戻って新たな価値観を構築する

プロポーズ前の感覚に戻って新たな価値観を構築する方法もとても有効です。たとえば、どこか特定の国に海外旅行に行くという目標を掲げてみてもいいでしょう。 旅行を目標にすると一過性で終わってしまいますから、目的の国の語学を一緒に学ぶのもおもしろそうです。精神科医の保坂隆先生はその著書「定年後に夫婦を愉しむ」の中で、仲の悪い夫婦ほど一緒に英語を学ぶ楽しさと効用を説いています。2人に共通する新しい価値を発見すると、きっとこれまでとは違う楽しい夫婦関係を、再構築できそうですね。

離婚後の自分をシミュレーションしてみる

話し合いなどでどうしても解決しないと感じたら、離婚後の自分をシミュレーションしてみるという方法があります。シミュレーションと言っても頭の中だけで再現をしてみるのは限界がありますから、実際にひとり暮らしを始めてみるのです。もちろん期限付きです。簡易な引越しという意味ではウィークリーマンションを利用する方法が最善でしょう。最低限の手荷物を持って実行してみましょう。そこで実際に離れて暮らしてみて、たとえば気楽に孫に会えなくなったとか、ちょっとした困りごとの相談相手がいないといった、離婚のデメリットを実感するだけでも大きな収穫になります。

まとめ

夫婦で過ごす時間が増えてくると、改めて行動パターンの違いに気づかされることがあります。

「妻のトリセツ」などで知られる脳科学者の黒川伊保子先生は、敢えてこの違いを逆手に取り「夫婦は一心同体」であると表現しています。生物学的には夫婦一帯で補完しあっている、つまり2人が協力してひとつの機能として行動する、これこそが「一心同体」だというものです。

定年後の夫は、社会から隔離されて、まるで無重力の宇宙船にいるかのように足場を失っています。無理もありません。ついこの前までは、多かれ少なかれ部下から役職で呼ばれていたのに、突然重力を失ってしまったのですから。今まさに妻が新たな重力になることで夫は再生できます。 一方、妻は継続してきた家事ひとつでもいいから認めてほしいと願っていながらも、口にすることなく我慢をしてきたのです。長年連れ添った夫婦は「以心伝心」だという人がいますが、言葉に出さないと何も伝わりません。だから夫への反目が芽生えるのです。先述の保坂先生はこの点について、「ありがとう」を口に出すことの大事さを繰り返し説いています。毎日食卓に当たり前のように出されるみそ汁に対して感謝と称賛の言葉を述べるだけで妻の気持ちは随分と違ったものになります。

夫と妻。お互いに相容れない部分があったとしても、お互いを尊重しあうだけで毎日の生活が大きく変わるかもしれません。ぜひ、このような努力で「価値観の違い」など、容易に乗り切ってください。

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